迷っている方へ

もし今、病院に行くか迷っている人がいたら、
少しだけ私の話を置いていきたいと思います。

私はADHDと診断され、薬を飲んでよかったと、今は心から思っているけれど、
そこにたどり着くまでに、とても時間がかかりました。

「私なんて、そこまでひどくない」「みんな同じように工夫して生きている」
「病院に行くほどじゃないかも」
そうやって、自分をなだめながら過ごしてきました。

診断を受けて、薬を飲み始めたとき、
初めて“静かな頭”というものを知りました。

この記事は、薬をすすめたいわけではありません。
ただ、私のように「自分を後回しにしてきた人」に、
こういう変化もあるということを、
静かに伝えておきたいだけなんです。

最初に感じた「静けさ」は、少し怖かった

薬を飲み始めたばかりの頃、
最初に感じたのは“落ち着き”ではなく、“違和感”でした。

頭がぼーっとして、
いつものように考えが回らない。
それがすごく怖かった。

「このまま自分らしさが消えてしまうのでは」と思いました。
ずっと“考えること”で自分を保ってきたから、
頭が静かになると、まるで思考が追い付いていないように感じたのです。

でも、先生がこう言ってくれました。
「それが“正常”なんですよ。今までが考えすぎだったんです」

その言葉で、すとんと何かが落ちました。
私はずっと、頭が止まらない状態を“普通”だと思っていたんだ、と。

思考と感情がずれていた頃のこと

薬を飲む前の私は、
ひとつの出来事に対して何時間も思考が止まらない人でした。

たとえば、人から言われた何気ない一言。
「もしかして嫌われた?」「この質問はどういう回答が求められているんだろう?」
「私、何か変なこと言ったかな?」「この人わたしのこと苦手だろうなぁ」
そんなふうに考え始めると、
気づけば夜になっても同じことを考えている。

朝起きてもその続きを考えて、
ようやく気づくと、一日中そのことばかり。

自転車のペダルを必死にこいでいるのに、
車輪が空回りして、全然前に進まないような感覚。
あの頃の私は、ずっとそんな頭の中で生きていました。

薬で感じた「ペダルと車輪がつながる」感覚

薬を飲み始めて数日後、
ふとした瞬間に、頭の中の動きが変わりました。

これまでのように思考が暴走せず、
ひとつの考えが、ちゃんと“終わる”という感覚。

ペダルをこいだ分だけ、ちゃんと車輪が回る。
力の入れどころと抜きどころが見える。
そんな、“連動している”感覚でした。

最初は「考えられなくなった」と思っていたけれど、
本当は、「余計な考えが消えて、
本当に必要なことだけを考えられるようになった」だけだった。

その静けさの中で、
初めて「思考に溺れない」という感覚を覚えました。

「余計な思考」が減ると、人との関係も変わった

今でも、ときどきネガティブな感情に引っ張られることはあります。
でも、以前のように“ぐるぐる思考”に飲み込まれることは、ほとんどなくなりました。

たとえば職場でミスをしたときも、
「どう思われたか」を考えすぎるより先に、
「まぁできることはやったよね。」と言葉にできる。

薬をきっかけに、
くよくよ考えすぎる、嫌いな自分が小さくなっていき、
仕事中に同僚に対して「余計な言い訳」をしなくなりました。(実は最近までずっと上司に指摘されていました…)

静かな頭が、私に教えてくれたこと

薬は「考える力を鈍らせるもの」ではなく、
「考える力を、ちょうどいい場所に戻してくれるもの」でした。

私は今でも考えることが好きだし、
それが私らしさでもあります。

でも今は、
“考えすぎない私”も、私の中にいていい
そう思えるようになりました。

静かな頭の時間は、
何かを失った時間ではなく、
ようやく心と頭が“同じスピードで歩ける”ようになった時間。

少し怖かったけれど、
あの静けさは、たしかに救いでもありました。

今日の気づきメモ
  • 「ぼーっとする」は、正常に働き、休んでいる合図
  • “考えない時間”は“無”ではなく、“整う時間”
  • 静かな頭は、自分らしさを失うことではなく、取り戻すこと